◎や○ひいては▲が何のマークか(競馬等では常識的なのですが)どれ位の人が分かっているのでしょうか?これは週刊将棋の予想にも言えるのですが、もう少し万人に分かる物に変えるべきかと思います。
という件を書きましたが、ご指摘もあり、また今週の週刊将棋をチェックしたところ、そのような記述は週刊将棋では行なわれておりませんでした。
関係各位皆様へ、そして読者の方にも、誤解を招く書き方をした事、深くお詫び致します。
むしろそのような印や競馬用語等、万人に分かりずらい物は週刊将棋としては徹底的に排除して書いているとの事で、確かに読み返すとその通りです。
上記の記事中の「週刊将棋にも〜」の件は削除して修正させていただきます。
想像以上の反響のあったこの記事ですが、沢山の方のご意見を読み、参考にさせていただきます。
順位戦の予想に限らず、将棋界は将棋について語る語彙がまだ少ないと感じています。ファンの方に、より将棋の理解を深めていただき、また将棋界の楽しみを更に見つけていただけるよう、将棋界をあげて努力していくべきだと考えております。
それではまた
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私は自分では将棋をほとんど指しませんが、
1年ほど前にふとしたきっかけで渡辺竜王のブログを見てから
ネットでの将棋観戦にはまっています。
渡辺竜王は「将棋をスポーツ観戦みたいに見てほしい」
というようなことをおっしゃってますが、
私は完全にスポーツ観戦として見ていますし、
将棋は野球やサッカーと同じくらいスポーツ観戦として面白いと思います。
ただ、私が、他のスポーツより観戦しにくいなと思うのは、
プロの解説者がいないことです。
野球でも何でも、第一線を引退したなどが、
現役の試合を解説してくれます。
そして、そんな解説者は年長者だったりするし、
解説するのが仕事と周知されているので、
大体は偉そうに現役を批判しても問題ないし、
違和感もないのです。
しかし、将棋観戦にはプロの解説者がいないのではないかと思います。
観戦記者は近いけどやっぱりちょっと
立場が違いますよね。
しかし、現役の人が解説したら、
多少配慮が出るのは当たり前です。
それを無理に面白くしようとすると
無礼な感じに聞こえたりします。
プロの解説者なら表現方法を工夫して、
観戦者を不快なコメントを避けることも可能でしょうが
それを現役に課すのは難しいと思います。
将棋観戦では、コメント欄のコメントが
解説者の解説に当たるわけですが、
野球解説者の解説みたいな、
それだけでエンターテイメントとして成り立っているような
名調子というのは本当に少ないと思います。
率直に言ってイマイチです。
将棋なんかは間が長いし解説が必要な箇所が多いですから
プロの解説者がいたら、かなり面白さが変わると思います。
と、何でそんなことを思ったかと言いますと、
スポーツではそういう解説者が順位予想をしたりするからです。
引退したプロの解説者が順位予想をすれば
今回のような問題が起こったりはしないんじゃないかなと思います。
将棋は息長く現役をされるので
難しい面もあると思いますが、
もっと楽しく観戦できる環境ができたらなと思います。
遠山先生みたいにファンのことを
考える人がいればきっと大丈夫だと思いますが。
今、話題の記事ということで早速読んでみました。結論から言うと、何も人を中傷するような表現はないし、二人が良く知っている間柄の人のみ、面白い表現を使っているという感じでしょうか。一般社会で常識の範囲(しかも境界線からかなり内側)のコミュニケーションだと思います。競馬的表現についてですが、別に良いのではないでしょうか。私は競馬しませんが、理解できましたし、人を馬鹿にしているわけでもありません。将棋を伝統的な日本の文化と見るのか、スポーツ観戦のように楽しむのかという、将棋に対する価値観の違いでしょうか?
私の率直な感想は、「将棋世界編集部」による「予想」という企画(オーダー)に対して阿久津先生・橋本先生が、読者の視点と礼儀のバランスがとれた最善の対応をしているように思いました。個人的には、二人が益々好きになりました。
ただ、「予想」と「観戦」ではまた違って来るのではないか、というのが私の意見です。もちろん、素人でもプロでも、無意識にでも勝敗、形勢をつねに「予想」しながら、「観戦」するのが普通だと思いますが、何か「予想」が前面に出てくる場合には、どうしても引っかかってしまいます。現役の棋士がそれをやる企画だとなおさらです。むしろ週刊将棋の記者予想の方が、アマチュアの余興らしくてよいです。
競馬をよく知らないので色々検索していると、次の記事がありました。
http://zapanet.info/blog/item/1034
武豊さんと羽生善治さんが似ているのは、奥さんが美人女優(アイドル)であることだけでも、天才的であることだけでもなくて、こういう「予想に無関心」なところにもあるのかな、と思いました。
競馬の予想は難し過ぎる、というか、馬券を買わない私からはっきり言わせてもらうと、むしろ競馬ファンの予想なるものは、ほとんどすべていい加減なものでしかないように見えます。体重がどうだ、前走がどうだ、馬場がどうだ、血統がどうだ、といっても、結果がそれらの原因によって決められているようにも見えない、というか、その複雑な原因の絡み合いを検証しようもないのではないですか。実際、パチプロや麻雀プロはごく少数いても、競馬予想で生計を建てられる人はいません(競馬評論家はいても)。数年に一度くらい、私でも名前を覚えているような「絶対的に強い」馬が出てきますが、それ以外は、この馬がなぜ勝ったのか、競馬ファンでも説明できない結果がほとんどのように見えます。
そして、順位戦の予想もそういうものではないか、と思います。突拍子もない結果が、現実には多い。失礼になりますが、森けい二九段がB1に上がった、3年前とか。昨年のA級の谷川さん、佐藤さんの大不調とか。(昨年の渡辺さんのB1での不調は、私にはそんなに意外ではなかったです。)橋本さん阿久津さんの予想は、その意味ではむしろ常識的すぎるというか、穴狙いをせず殊勝に責任をとろうとしている、と見ます。ご自分への予想は当然そうならざるを得ないですし。でも、だからこそ、私には「小さく」見えてしまうのです。無責任な週刊将棋予想の方がともかく大胆ではあるし、手堅い若手ばかりではなく年長者にも張っているのが好感を持てます(年長者への敬意という意味ではなく)。いずれにせよ、予想は余興、観戦の楽しみの中心は意外性にある、というのが私の結論です。
と、ここまで書いて、意外性が十分に予想できる!?棋聖戦を見ようと思うのですが、Macintosh使用者にはすぐに見れないのが、残念です。ビル・ゲイツ的独占戦略に反対します。