最近趣味の一つとして図書館通いがあります。
近所に発見した図書館が小さいながら優秀で、将棋の本もあれば新書も大量にあり、Numberも借りられます。

先日は新書で面白そうな2冊を借り、読みました。
「ぼちぼち結論 養老孟司著」
「国家の品格 藤原正彦著」
後者はバカ売れした本。前者は大好きな養老先生の本です。

養老先生といえば「バカの壁」が超有名(2003年刊)。その少し後(2005年)に売れたのが「国家の品格」。
この2冊はその時代の象徴と言えそうです。

養老先生といえば、人が言いたくても言えない、もしくは上手く言えない事柄をズバッと斬る、もしくは虫に例えるのが得意技。
しかし「ぼちぼち結論」の中で面白い件がありました。
『この本(ウェブ進化論 梅田望夫著)の中にエピソードとして将棋の羽生さんが出てくる。コンピューターの世界が将棋に与えた影響を論じた最後に著者は書く。「彼は、言語化不可能な世界にこそ、人間ならではの可能性を見出そうとしている」。わかってるじゃないの。ここで私はそう思う。羽生さんもわかっているし、それを引用する著者もわかっている。(中略)それがたぶん日本文化の伝統なのである。』

羽生名人や梅田さんが登場したのも驚きましたが、それを引用し「わかってる」とお墨付き。言語化するのが上手い著者が言語化出来ない事の重要さを説く羽生名人に大絶賛である。
そしてそれが日本文化の伝統なのだ、と。
私も好きな表現だっただけに、なおの事印象深い件でした。


「国家の品格」は個人的には頷けない点も多くありましたが、印象に残る部分も多くありました。
曰く、「論理ではなく情緒が大切」と。論理だけで全てを解決しようとするから色々な事がダメになっている、という主張です。

それは全てその通り、とは思えませんが、その理論が正しいと思えるのはこの辺り。
『野に咲くスミレが美しいということは論理では説明できない。モーツァルトが美しいということも論理では説明できない。しかし、それは現実に美しい。卑怯がいけないということすら論理では説明できない。要するに、重要なことの多くが、論理では説明出来ません。(中略)論理で説明できない部分をしっかり教える、というのが日本の国柄であり、またそこに我が国民の高い道徳の源泉があったのです。』


どちらの本でも、現代が忘れかけている過去の素晴らしい事、また日本の本来持つ素晴らしさを教えてもらった気がしました。
本当に大事なのは情緒的な部分と論理的な部分が上手くバランスを取る事でしょう。しばらくはその事を頭の片隅に置いておこうと思います。


それではまた